7月24日

イエスは再び両手を彼の両目に当てられた。  マルコ 8:25

目の不自由な人の癒しの記事である。22-23節に目を癒す記事がある。でもこの時は完全な癒しの業ではなかった。そこで「再び」になったのである。神だから一発で直せるはずなのに、なぜやり直しをするのか、という疑問が出てきそうだ。一切は神のみ旨の中にあることなのだが、彼の信仰を段階的に深めようとされたのか、そのあたりの事はよくは分からない。主はご存知である。しかし、現実の病気からの回復でも時間をかけて徐々に元気を取り戻していくことを私たちは見ている。信仰と忍耐の教訓だ。